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大欅図

 この樹をスケッチしていたときのことである。朝から描いていたら、突然頭の上から「ゴーン」と鐘の音が落ちてきた。 まさに何かが落ちてきたような衝撃だった。すぐ そばに鐘撞台があったのだ。そういえば、ちょうどお腹が空いていた頃で、正午を知らせる 鐘の音だった。

まだ時計などなかった時代、この鐘の音で 畑仕事の手を止めて昼の休憩にしたのかもと思った。 寺の境内に座り込んで何時間も樹木ばかり眺めていると、ふと自分が現代にいるのを忘れてしまうことがある。 この時はなぜか、自分が戦時中にいるのかも、と考えたりしていた。 鐘の音が緊急事態を思い起こさせたのかもしれない。 太平洋戦争の時代といえば、平常時とは断絶した非日常かのように思いがちだが、 人々はいつもの日常の、のんびりとした時間を過ごしていたかもしれない。このケヤキは80年前も今と同様にその風景を眺めていたはずだ。

などとぼんやり考えながらペンを走らせた。
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