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大欅図 梅岩寺のケヤキ / 老椿図

この劇をスケッチしていたときのことである。朝から描いていたら、突然頭の上から「ゴーン」と鐘の音が落ちてきた。まさに何かが落ちてきたような衝撃だった。すぐそばに鐘台があったのだ。そういえば、ちょうどお腹が空いていた頃で、正午を知らせる 鐘の音だった。まだ時計などなかった時代、この鐘の音で 畑仕事の手を止めて昼の休憩にしたのかもと思った。寺の境内に座り込んで何時間も樹木ばかり眺めていると、ふと自分が現代にいるのを忘れてしまうことがある。この時はなぜか、自分が戦時中にいるのかも、と考えたりしていた。鐘の音が緊急事態を思い起こさせたのかもしれない。太平洋戦争の時代といえば、平常時とは断絶した非日常かのように思いがちだが、人々はいつもの日常の、のんびりとした時間を過ごしていたかもしれない。このケヤキは80年前も今と同様にその風景を眺めていたはずだ。などとぼんやり考えながらペンを走らせた。 / この作品は、現在は上海の「雲間美術館」にある。新宿の京王プラザホテルで展覧会を開いたおりに、ホテルに来ていた 中国のビジネスマン女性が作品に感動して、「先生、この作品の展示を上海でやりましょう!」と奔走してくれて、展覧会が実現。上海環球金融中心ビルの29階にある「雲間美術館」で展覧会をすることになった。当初、彼女から「8月に上海に来られますか?」と電話があったのはその年の6月。打ち合わせに行くのだと思っていたら、どうやら展覧会をやるらしい。この辺のスピード感は中国はすごい。紆余曲折はありながら開催にこぎつけた。その後も、日本と中国の友好のための展覧会を何度か開催し、一年に2回くらいは中国を訪れている。緑とは不思議なものだと思う。あの時、たまたま、彼女の上司が遅刻しないで、普通に待ち合わせをしていたら、ギャラリーには立ち寄らなかった。いろんな偶然が重なって、今の僕がいる。

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